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「谷先生からのメール」

 前回の徒然道草を書いた後、すぐ、谷先生からメールをいただきました。
内容は、「ごめんなさい」と言うものでした。何が「ごめんなさい」かと言うと、「マイナス」と言う文章についてです。『大変申し訳なかった』と言われ次のようなことが書かれていました。
 『かつて「朝まで生テレビ」で“部落問題”が取上げられた時、差別とはどんなものかという説明に、満員電車で足を踏まれた状態だ、と言われたと、大島監督が言われていました。すなわち、踏んでいるほうは痛くない。』
 
 私に送ってくださってメールの内容をHPに載せたいとお願いしたさい
 「個人的の意見でよろしかったら、いつでも参考にしてください。批判を受ける必要があれば、受けなければならない。批判を受ける覚悟はあります。誤りがあれば指摘してください。そしてまた、私の真意をきいてください」とかいてくれました。
 こんなドクターに、はじめて会ったように思います。先生のお年が何歳なのか、どんな役職の方なのかは知りませんが、本当なら、いち障害児の母親に「批判を受ける覚悟はある」なんて書かないでしょうに。
 
 産婦人科医と障害児の母、意見交換をするには、すごくミスマッチな相手だと今でも違和感はあります。
ただ、谷先生となら、感情的にならず、障害児・者を取り巻く問題を話していけるんじゃないかなと思います。これがゆうやの出産に立ち会ったドクターなら、恨みつらみのオンパレードでしょうけど。
 
 
私は頭の回転が良い人ではないので、先生のメールに、何日もかけて返事を書くしかないのですが、また皆さんに聞いてほしいなと思う話題がありましたら、徒然道草に紹介したいと思います。
                                    
 01.2.25.
 
今回の徒然道草は、趣向を変えまして、私があるHPの掲示板に書いたことを書かせていただきます。私の書いた物に『日母おぎゃー献金評議員 谷 昭博先生』が返事を送ってくださいました。先生はHP上に載せることの快諾してくださいました。
 きっかけは、私がおぎゃー献金の掲示板に短い書き込みをしたことでした。
 

我が家の宝たち  れいんぼーちよみ


 
我が家には3人の子供がいます。
長男は誘発剤による出産で、仮死で生まれました。後でプラダーウイリー症候群だと分かりましたが、仮死による脳萎縮さえなければとついつい考えてしまいます・・・。
その後平成9年12年と子供に恵まれ下の子も先日1歳になりました。二人とも出産時に献金させていただきました。長男も皆さんの善意を受けたと思います。これからも『おぎゃー献金』の事業が末永く続けばと思います。
どの子も私の宝です。皆さんと同じように。

 

れいんぼーちよみ様の『我が家の宝たち』を読んで。  谷 昭博


 れいんぼーちよみ様のご家族の笑い声の絶えない楽しそうなご家庭が想像され、常にこの仕事をしていて思う“母は強し”を再度胸に刻まされました。
最近私が読んだ本に“Expecting・Adam”と言う妊娠中に赤ちゃんがダウン症候群であることが羊水検査で判明したものの、妊娠を継続して出産したアメリカの家族の物語があります。その中に以下のような文章があります。
 『私はチャールズ川のほとりをジョギングしている最中に芝生の中にきらきら輝くものを見つけました。それは小さくて、ピンクでクルミほどの大きさでした。子供の頃にロッキー山脈へハイキングに行った時に、それとまったく同じようなものを、何時間も探した覚えがあります。ローズ・クォーツ。思いやりと友情を象徴する水晶です。ジョギング中にエメラルド色の芝生の中にその光り輝くピンクの物体を目にした時、私は子供の頃と同じように、喜びと期待感でドキドキしました。
 当然私はそれを拾い上げましたのですが、それに触れてとたん、何かが違っていることはすぐ分かりました。
水晶は重みがあって、冷たくて、滑らかなはずなのに、軽くてぼこぼこしていたのです。手で探ってからよく見ると、それは発泡スチロールのクズでした。
気分を害した私は、即座に投げ捨てました。素敵な自然の恵みを手にしたと思ってら、ひとかけらの公害だったのです。私はTシャツで手をふいて、憎々しげに発泡スチロールを睨みつけました。
 その後、ジョギングを続けながら、私の心に疑問が浮かびました。あの美しさに魅せられた瞬間から、気分を害して捨てるまでの間、発泡スチロールは、その姿を変えたわけではない。変わったのは、私の頭の中だけではないか、と。
ピンク色の物体を2種類に識別したのは、紛れもなく私自身で、それに対する反応も私自身が決定したのです。
そう考えると、私が醜いと思っているものが実は美しい可能性も十分持っているのではないかと思えてきました。私の勝手な偏見のせいで、私は美しいものを見損なっているのではないか、と。
始めて、アダムを手に抱いた時、私はあの発泡スチロールを思い出しました。』
 この文章を読み、考えさせられるとともに、いつも思っている次の言葉が頭に浮かびました。
“When the man sit with a pretty girl for a horrid seems like a minute
but let him sit on a hot stove for a minute and it’s longer than any hours
That’s a relativity”
 『かわいい女の子といれば、1時間はほんの1分にしか感じないだろうが、熱いストーブの上に座らされれば1分はかつて感じたことがないほど長時間に感じるだろう。これこそが相対性理論だ。』
ユダヤ人としてナチスから迫害を受けた博士が、『われわれが絶対的だと信じていることなど、時間や空間でさえ絶対的なことでないのだ。絶対的なことは、光のスピードだけなのだよ!!固定観念を捨て、真実を見際めよ!!』と言われているように私は思えてなりません。
 アダムの物語の中には、母親の友人が、アダムといると皆がハッピーになると言うことを『犬にのみがいるように、アダムには天使がついているのよ。きっと天使とともにやってきたんだ。アダムの近くにいればいるほど、天使に会える気がするよ。』と言う表現をする場面が出てきます。
れいんぼーちよみ様の御家族もきっとそうなのだろうと思ってしまいました。
 昨年おぎゃー献金全国担当者連絡会で、財団の力武常務理事が「ハンディキャップを持つ人が積極的に社会の表舞台で活躍するようになり、またその家庭が、幸福に包まれているにもかかわらず、健常児、健常者と言われる家庭でドメスティックバイオレンス、乳幼児虐待が起きていることを憂慮する。何とか、おぎゃー献金活動で、人ヘのやさしさは伝えられないか?』と全国の産婦人科に呼びかけられました。
 正常とは何を意味することなのか?何を障害というのか?そして幸福とは何かを考える必要がある時期に我々は来ているのではないでしょうか。



出生前の検査について。   れいんぼーちよみ

 谷先生、短い、それもつたない書き込みに対してこれほど立派なお返事をいただき、ありがとうございました。
ダウン症児を育てているお母さんのお話し、興味深く読ませていただきました。
 私は長男出産のあと二人の子供に恵まれましたが、二人とも検査はしませんでした。と言うか検査できなかったのです。その結果によっての決断をする勇気がなかったのです。もし息子と同じなら『歩いてきた道、怖くはない』と言い聞かせ出産にのぞみました。ノイローゼになりそうな日々で、ドクターにお腹を切って出してくださいと泣きついたりもしました(笑)。
 −中略ー
 ただ、私は検査をしなかつたと言っても、娘達が大人になり妊娠した時、障害児に対して私が受けてきた声、視線がなくならない限り、検査をすすめてしまうかもしれません。
 どの子も大事な宝。子供が傷つくのなら、親は未然に防いでやりたいと思うのは当たり前のこと。
 障害児を育てることは、苦しいことばかりではありません。そのことによって受けた幸せは他の人にはわからないこともあるでしょう。しかし、同じように、しなくてもいい苦しみ、少しの理解で解決できることが、家族にのしかかります。
 この先、娘達が検査しなくてすむ世の中、それは私達家族、障害児を育てている人達だけではどうしょうもないことだと思います。
心のバリヤフリー。これから子供を育てていくお母さん達に期待してもいいでしょうか。私も手探りの育児。自信なんてありません。でも、ここに書き込みをしたことで、何か変わるのではないかと思い、長々と書かせていただきました。
 乱文で失礼しました。



 谷先生が次のようなメールを送ってくださいました

 
おぎゃー献金は、募金をお願いするために活動しているのではありません。元気な赤ちゃんを出産されたご両親、ご家族の幸せの一部を障害児にも分けていただけませんか?と言う活動は、障害児も同じ地球に生活する仲間として向かえてくださいというお願いもあるのです。
 地球上の生命が、我々人類まで進化するために、我々地球上のDNAには突然変異が起きるプログラムが存在するのだと思います。
そのプログラムは、いつも進化とという方向に向くのではなく、障害というマイナスに働くこともあるのです。ですから障害児は健常者の代わりにそのマイナスを受けてくれたのかもしれないのです。
彼らをみんなで援助できる国にこの国がなってくれたならば、その時には、乳幼児虐待も、少年犯罪もなくなるだろう。そのような国になってもらいたい。そんな夢物語のような理想を持ってしています。
そのためには、次の世代を教育する両親、妊娠出産を経験されたお母さんがおぎゃー献金の活動を認識することで、少しでもやさしくなってくれることが、第一歩と考えております。
そのように考えていただけたならば、募金はどうでもよい?と思っていますが・・・
 今後微力ながら、産婦人科として社会奉仕として、がんばっていきたいと思っています。



 正直言って私が、産婦人科の先生と、障害児についてお話しするようになるとは思っていませんでした。小児科医と意見交換はしてもです。
ゆうやが生まれたころ、こんな風なお話を聞いたとしても、それこそ「マイナス」というところばかりに目が行き、「人をやさしくするために生きてるのではない」と反発をしていたでしょう。
しかし、そんなことでも社会貢献してると実感してしまいましたし(地域の学校の中で)、今となれば、障害を持ってしまったと言うことだけに目をやっても仕方ないと言うか、子供といかに生きて行くかと言うことのほうが大事になっています。ここまで「悟」までには、長い時間と、たくさんの涙がいりましたが・・・・
 他にも谷先生からいただいたメールの中で、皆さんに聞いてほしいお話しもあるのですが、今日はこのへんで。
 谷先生ありがとうございました。
最後に、我が家は谷先生がおっしゃるほど明るく穏やかな家族ではないのです。我が家をご存知の方はお腹抱えて笑っているかも・・・・
今回の徒然道草はこのへんで・・・さすがに疲れた・・
   
        「おぎゃー献金」HPアドレスは

                
http://www.ogyaa.or./

「いのち」


 
『もっともっといっぱいわがままを言ってほしかった。もっともっと一緒にそばにいてほしかった。かけがえのない宝物を失ったという思いはつきませんが、彼女を娘に持てたことを誇りに、これから生きてゆきたいと思っております。』
 これは、平成9年2月にお子さんを亡くされたあるメンバーさんの挨拶状の一部です。
れいんぼーを始めて、数人のお子さんの『死』を伝えてきました。
その度に、自分の子供と重ね合わせてしまいます。
 
 今では丈夫とゆうより頑丈ですが、生まれた時の土色になったからだ、ボロボロのぬいぐるみのように垂れ落ちた手足・・・。ミルクを飲んでくれなくて泣いたこと、肺炎を繰り返して何度入院したことか・・・「がんばって生きて!」「大きくなって」いつもそう願っていました。
 
 「今日もがんばってくれた」「あすも」そんな毎日を送っていたメンバーさんもいます。
障害を持つ子を育てることは『命』『一緒にいられる時間』を敏感に感じてしまいます。
『「命」の重さ』それは、障害が有ろうと無かろうと、みんな同じ。子供も大人も。
 
 なのに『生き急ぐ子供達』『お金のために命を殺める人々』。
 
 湾岸戦争の続きが始まったのか・・・21世紀も戦争の時代か。
戦争と言えば、印象に残っている写真があります。以前会報にも載せたのですが、
亡くなった小さな弟を背負い、火葬されるのを待っている少年。
その記事は切り抜いて今も持っています。子供達が大きくなったら見せたいと思っています。
 
 「大事に扱うものは大事に」 「大切に思うものは大切に」

 学校、教育、社会、家庭、原因をたらい回しにしてもしょうがないのですから。

 『命』『生きること』皆さんともっと考えていけたらと思います
                                          01.2.18

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