今更ながらなのですが、ちゃんとゆうやが生まれた時の事を書いておかなければ・・・・と思い、 やっと重い腰をあげました。 問題ある事も書きますが、今書いておかないと、もう書けないのでは・・・なんていう思いもありまして、 過去の記憶を掘り起こす事にしました。 さらっと流してください・・・そうしないと、私たち夫婦が辛くなるかも・・・。 ゆうやは、予定日より17日遅れて生まれました。 予定日を過ぎても陣痛は起きず、陣痛誘発剤を使っての出産でした。 一日目、痛みは来るのに子宮口は開きません。「痛い痛い」だけで、なんの変化もありません。 大騒ぎの一日目は終わりました。 二日目、胎児の心音が弱ります。 「このままなら、お腹を切ります」とのドクターの言葉に、安堵感を持ったのですが、 少し子宮口が開いてきているとの事で、お腹を切る話はなくなりました。 三日目の夜中、破水をしました。羊水の色はドロドロに緑色。 看護婦さんに知らせましたが、ドクターは来ませんでした。 別の妊婦さんの分娩に立ち会っていました。 その後どれだけ時間が立ったでしょう。 心音を知らせる機械の警戒音は止まりません。心音を表わすメーターはゼロのまま・・・。 ゆうやの頭は出ようとしていました。でも誰も来てくれません。 立ち会っていた母が『おかあちゃんが取上げたる。ここで産み!』 その時になって、助産婦さんが来て、「ここで産んではダメ」と言います。 用意ができるまで待てと言うのです。 分娩室について、ゆうやは滑り落ちるように産まれました。 別室に運ばれるゆうやを確認しようと目で追いました。 いつかテレビで見た、母ザルが死んでしまったこざるを抱いている・・・その光景が鮮明に浮かんできました。 垂れ落ちた手足・・・紫とも緑とも言えない体の色・・・。 別室では蘇生が始まっているよう。私は分娩台の上で一人。 看護婦さんがもう1人の先生を呼びますがなかなか来てくれない、ドクターの怒る声が聞こえます・・・。 看護婦さんが「死産ではないのですが・・・すぐ来てください」 私が言えるのは「赤ちゃんは?」「赤ちゃんは?」それだけ。 どれくらいたってからだろう、救急車の音がした。 でもいつまでも新生児センターの先生はこない。玄関のカギをかけたままになっていたらしく、何度もチャイムの音がします。 保育器に入ったゆうやをお父さんが救急車にはこびます。うまく走れなくて途中でスリッパを脱ぎ捨てたそうです。 救急車の音が遠ざかっていきます・・・。看護婦さんと助産婦さんの話し声がします。 「あんな色の羊水の人も居るのかと思っていた」 一生忘れない言葉です。 その後二人は出生時間が、4時44分だったと言う事で、一分くらい違ってもと言い出した。 そんなこと考える暇があったら、なんでもっとちゃんとしてくれなかったの・・・。 退院して新生児センターの先生が言った「○○産婦人科の先生が助けてくれたんだよ」 そんなふうに思えるほど素直ではありません・・・。