有弥・平成2年6月21日生まれ


 今更ながらなのですが、ちゃんとゆうやが生まれた時の事を書いておかなければ・・・・と思い、
やっと重い腰をあげました。
問題ある事も書きますが、今書いておかないと、もう書けないのでは・・・なんていう思いもありまして、
過去の記憶を掘り起こす事にしました。
さらっと流してください・・・そうしないと、私たち夫婦が辛くなるかも・・・。
 
 ゆうやは、予定日より17日遅れて生まれました。

 予定日を過ぎても陣痛は起きず、陣痛誘発剤を使っての出産でした。

 一日目、痛みは来るのに子宮口は開きません。「痛い痛い」だけで、なんの変化もありません。
大騒ぎの一日目は終わりました。
 
 二日目、胎児の心音が弱ります。
「このままなら、お腹を切ります」とのドクターの言葉に、安堵感を持ったのですが、
少し子宮口が開いてきているとの事で、お腹を切る話はなくなりました。
 
 三日目の夜中、破水をしました。羊水の色はドロドロに緑色。
看護婦さんに知らせましたが、ドクターは来ませんでした。
別の妊婦さんの分娩に立ち会っていました。

 その後どれだけ時間が立ったでしょう。
心音を知らせる機械の警戒音は止まりません。心音を表わすメーターはゼロのまま・・・。
ゆうやの頭は出ようとしていました。でも誰も来てくれません。
立ち会っていた母が『おかあちゃんが取上げたる。ここで産み!』
その時になって、助産婦さんが来て、「ここで産んではダメ」と言います。
用意ができるまで待てと言うのです。

 分娩室について、ゆうやは滑り落ちるように産まれました。
別室に運ばれるゆうやを確認しようと目で追いました。
いつかテレビで見た、母ザルが死んでしまったこざるを抱いている・・・その光景が鮮明に浮かんできました。

 垂れ落ちた手足・・・紫とも緑とも言えない体の色・・・。
別室では蘇生が始まっているよう。私は分娩台の上で一人。

 看護婦さんがもう1人の先生を呼びますがなかなか来てくれない、ドクターの怒る声が聞こえます・・・。
看護婦さんが「死産ではないのですが・・・すぐ来てください」
私が言えるのは「赤ちゃんは?」「赤ちゃんは?」それだけ。

 どれくらいたってからだろう、救急車の音がした。
でもいつまでも新生児センターの先生はこない。玄関のカギをかけたままになっていたらしく、何度もチャイムの音がします。

 保育器に入ったゆうやをお父さんが救急車にはこびます。うまく走れなくて途中でスリッパを脱ぎ捨てたそうです。
救急車の音が遠ざかっていきます・・・。看護婦さんと助産婦さんの話し声がします。
「あんな色の羊水の人も居るのかと思っていた」
一生忘れない言葉です。

 その後二人は出生時間が、4時44分だったと言う事で、一分くらい違ってもと言い出した。
そんなこと考える暇があったら、なんでもっとちゃんとしてくれなかったの・・・。

 退院して新生児センターの先生が言った「○○産婦人科の先生が助けてくれたんだよ」
そんなふうに思えるほど素直ではありません・・・。