里見明美短歌集
 

雨風の昔は忘れ穏やかに老いてゆかんと仰ぐ秋空 
 
 茶の花の葉隠ながら群れ咲けり黄金の蕊で笑み交わしつつ
 
山里を赤く染めたる曼珠沙華秋風立てば色失いぬ 
 
 人波にもまれて歩く夕間暮れ一言で壊れる友情もあり
 
 日よけ帽目深にかぶりサングラス面おおいて今日も散歩す
 
 参道の石段覆う落ち椿踏むに忍びず遠回りする
 淡雪を消しつつ雨の降り続く木の芽おこしと云えど冷たし
 
紫陽花をしとり濡らす小ぬか雨今日は何色点そうとするの
 
 沙羅の花そぼ降る雨により白く残る命はあるがままに
 
 又の世を信じかねつつ仏壇に供えし写経すでに五百余
 
 黄水仙庭に開花す豊かなる今日一日の始まる縁に
 
 春なかば風に誘われ逝った人そのこだわらぬ人柄恋し
 
若葉風吹けば浅瀬にこいたちの激しき恋の時ぞ始まる 
 
 緋牡丹を見つめておればくずれ行く皐月の風の激しさ故に
 
 慕わしや母の形見の江戸小紋まとわんとして服にリホーム
 
 夫の手重ねしわが手は残されて静に閉まる手術室の戸
 
 後悔は常にあるものお互いに知らない方がいい事もある
 
 夕焼けの空にみとれて立おればふと思いだす淡き初恋
 
 百年の年を重し銀杏の木我を見よやと大空に立つ
 
 わが庭に木の葉しぐれの絨毯を敷きて誘う淋しき吾を
 
 日課なる般若心経書き終えて朝日溢れる窓に背伸びす
 
 山里の淋しき夜は過ぎ行きて朝日の中に照る草紅葉
 
 夕かげに一際映える白梅に見とれて炊事の休めおり
 
 夜に咲く月下美人の妖しさを留めんとして絵筆取るわれ
 
 病室の窓を流れる白雲の動き穏やか明日は退院
 
 半夏生未練が消化しきれずに迷いに迷い涙す)夜
 
 忘れたき事多かりし思い出は3分前は過去の事なり
 
 水仙の甘き香りの我が庭にゆったりとした時の流れを
 
 落ちてなお笑みたたえる紅椿北指す鳥を見送るように
 
 も少しいきていようよそのうちにネットでつなぐあの世とこの世
 
 水かさの増えた川端蕗の薹春よ春よと心高鳴る
 
 芦の穂に雀の群れて餌をあさる小川の水の清さよ
 
決断を下し切れずに裏庭を眺めておれば椿咲き初む
 
 手袋をぬがずに拝む野の仏散歩帰りの冬の一日
 
 風神のはけ目の跡か白い雲想いは何時しか抱一のこと
 
 窓をあけ仰ぐ大空冬銀河父母の旅今どのあたり
 
 迷走か迷想なのか雪蛍心の闇を行きつ戻りつ
 
 薄暗き巡礼道に萩こぼれ振り返りつつ夫に従う
 
 中天に月残りたる峡の村山茶花散らす風の強さよ

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