昭和48年の各村屋台
写真提供 よいやさ教の信者さん

小綺麗になった地のヤッサです。
この2年後に新調となります。
北山河の先代のヤッサです。幕の乳輪部分に北のくずし字があります。
垂れの長い頭巾が印象的でした。
当時、南山河は相当祭りにチカラ入れてる事が伺えます。
高欄、高欄掛、伊達綱、乗り子衣装、幕、金具新調。
狭間の大修理、当然ですがメッキもしているようですし、この翌年はヤッサも新調ですから、すごい勢いの南山河です。
昔は仲の良い村どうしでは合わさなかったようです。
明治中期もしくはそれより少し前頃の製作と推測されます、北山河の先代です。
軒の深い古い形態のヤッサです。今も使っている露盤はこの時頃の物と思われますが、狭間はさらに古い江戸時代の物かもしれません。
写真ではわかりづらいですが、龍らしき物と人物の幕が付いております。
相当ええもんですよ。
児嶋先代最後の宮入です。
基本的に今も図柄等は変わっておりませんが、この時は、まだ狭間が木地のままです。
的形の古い写真は幟を真ん中で括ってる物が多いです。
何の意味があるのかは不明です。幟の梵天がカラフルです。
昔は差した時、『よっそいよっそいよっそいよっそいよっそい』とガブル練り方やったんですね。
地の狭間の場面がわかりません。
作者は、たぶん久保經一と思われますけど、それもわかりません。
3尺の大ヤッサです。